Kyu Karuizawa Golf Club
大正八年、軽井沢の別荘地に開かれました。日本で七番目に誕生し、現存するコースとしては四番目に古い十二ホール。百年を超えて受け継がれてきたクラブです。
The Club
大正八年八月一日、旧軽井沢に十二ホールが開かれました。日本のゴルフ場としては七番目、いま現存するコースのなかでは四番目に古い存在です。
きっかけは、軽井沢に集った別荘族の一言でした。当時、東京ゴルフ倶楽部駒沢コースに親しんでいた徳川慶久や細川護貞らが、避暑に訪れるこの土地にもコースをという構想を立て、実現させた。日本のゴルフ黎明期を語るとき、必ず名が挙がるクラブです。
初期の設計を手がけたのは、セントアンドリュース出身のプロ、トム・ニコル。平成に入ってからは米国のコース設計家J・M・ポーレットが改造を担当しました。英国の作法を出発点に、百年かけて日本の高原に馴染んできた十二ホールです。
全長3,986ヤード、パー48。十八ホールではないという一点だけで、このクラブの性格は伝わります。距離や規模を競うのではなく、この場所でゴルフをすること自体に意味がある。そういう場所です。
History
東京ゴルフ倶楽部駒沢コースに集った面々が、避暑地・軽井沢にもコースをと構想。八月一日、正式に開場しました。日本で七番目のゴルフ場の誕生です。
セントアンドリュース出身のプロが初期のレイアウトを引きました。ゴルフの本場の作法が、そのままこの高原に持ち込まれたことになります。
戦後、鹿島建設がクラブを引き継ぎました。二年後の昭和二十四年には会員制クラブとして改めて設立され、現在まで続く体制が整います。
米国の設計家J・M・ポーレットが、七年をかけてコースに手を入れました。開場から七十年を経た十二ホールが、現代の用具にも応える姿へと整えられています。
Playing Here
十二ホール。アウト六、イン六という構成で、組み合わせを変えて回ります。十八ホールに揃えなかったのは、旧軽井沢という限られた土地と、そこにある木々を切らずに残すという判断があったからです。
ホールを隔てているのは白樺と落葉松。軽井沢の別荘地そのものの植生が、そのままセパレートになっています。三方を山に囲まれた地形のなかで、木々の間を縫うように十二の道筋が通されている。
距離は3,986ヤード。数字だけを見れば短いのですが、木立の中でのショットは思うほど自由がききません。曲げれば白樺の幹が待ち、狙いすぎれば落葉松の枝が邪魔をする。正確に置き続ける技術が、ここでは何よりの武器になります。
Access & Club
Data & Price
相場は日々変動します。名義書換料・入会預託金・年会費・入会条件等も変更される場合があります。最新の情報はその都度お問い合わせください。
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